広告図像の伝説

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リンドウズOSが外骨的手法を導入…?こういう姿勢は好きだ。首くくってるのは誰か。ゲイツなのかな(笑)

広告図像の伝説 荒俣宏、平凡社ライブラリー
なんとなく読んでいたら、宮武外骨が登場したのでメモがわりに記す。
 
P38
「ただ問題は、このようなクピド像を日本ではどう呼んだか、という点だ。たとえば明治の反骨ジャーナリスト宮武外骨は、『東天紅』で次のように書いている。
「エンゼルというものを、わが国の画家も描くようになったのは、いつ頃かと思っていたところ、明治八年十月、大阪で創刊せられた錦画百事新聞の引札に、もうそれが描かれていた。尤もそれは蝶々の羽根をつけないで、鳥の羽をつけた、ややぶざまな格好をしているが、画家は勿論エンゼルとして描いたのに違いない」

……蝶々の羽根?

関連:森永
http://www.morinaga.co.jp/

エンゼルマークの変遷(アラマタは、「これはクピドぢゃん!」と力説する)
http://www.morinaga.co.jp/company/rekisi1900.html

森永ミルクキャラメル。片岡敏郎も宣伝に参加した商品
http://www.morinaga.co.jp/caramel/

http://www.tokyo-fugetsudo.co.jp/shouwazen.html
 昭和35年(1960)9月1日には、池田文痴庵が常任編纂委員となり1300頁にもおよぶ大作『日本洋菓子史』が社団法人認可5周年を兼ねて刊行された。池田文痴庵は、明治34年(1901)東京に生まれ、明治薬科大学を卒業後、有機化学助手となり、その後森永に入社、さらに日本洋菓子協会参与として活躍し、『日本洋菓子史』にたずさわることになるのである。

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このページは、が2004年2月18日 12:25に書いたブログ記事です。

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