なので、すげえヒマ(泣) 干上がりそうです。
メモ:
横山光輝死去
http://homepage.mac.com/naoyuki_hashimoto/iblog/index.html
余丁町散人さんのところと絡めて
昨日、友人I氏と話してかなりモメタのだが、今回の「人質3人」の騒動は、性格的に(志向性としてというか)リベラルなのか、保守なのかの試金石になっていたのではないかと推測する。
I氏は、あの3人は、完全に3バカであると認定している。
正直びっくりした。
オレは上記サイトの意見に深く首肯するし、今朝、大橋巨泉と永六輔がラジオでしゃべっていたのだが、そこでも「巨泉、よくぞ言ってくれた、おれの言いたいのはソレよ、ソレ」と、快哉を叫びたくなった。ここまで意見が一緒だと、巨泉が好きになってくるというものだ。
ついでに書くと、ナインティナイン(岡村)がオールナイトで語っていた意見にも深く同調するものである
つまり、あの3人は、オレ内では英雄認定なのである。
散人サンところでの「イラク人質解放、心からよかったと思う。それにしても捏造証拠に基づく「自作自演説」を広めた人達は恥じるべきである 」エントリで語られているように、「自分と異なる人間は排斥するという日本人の村的隣組体質に、正直嫌悪感すらおぼえた。」というのにはまさしくそのとおりだと思っているし、今回ほど2ちゃんねるのクソムシどもの書き込みに、ムカツイたこともないだろう。
追記:I氏よりの返答メール
4/16
Nのblogを読む。イラクで誘拐された3人を“英雄認定”ということで驚く。
まあ、3人の主義主張をエライと思うのは、かまわないとして、驚いたのは
人質3人」の騒動は、性格的に(志向性としてというか)リベラルなのか、保守なのかの
試金石になっていたのではないかと推測する。
という主張だ。
正直困ったなあ、という感想だ。
個人的な印象としては、3人の批判派に対する反感が先にあるような気がしてならない。
3人を英雄とするのはやはり無理があるからだ。というかあの3人が英雄ならそれ以上のラ
ンクの人をなんと呼ぶのか。
あの3人がイラクに初めて入ろうとしたわけではなく、今でもイラクで活躍している日本
人もいるのだ。
その人々とあの3人の差は、運だけだった。
というのがN氏の認識なのであろうか。
おそらく、その辺の認識の違いが、お互い驚きあう、という楽しい現象になっているのだ
ろう。
大前提として、イラクにボランティアに行くことは尊い。この点のみを言えば“英雄”認
定も
異論はない。
ただあの3人に関しては、“英雄”のなかでも下の下のレベルの英雄だ、と。そういうこ
とだ。
理念と行動は一致しなければならない、というのが筆者の前提である。何かを為そうとす
るならば
その経緯におこるリスクを想定し、それを全て己で引き受ける覚悟がいると思うのだ。
-------飽きてきた
まあ、例え話で言うと、真冬のエベレストに登ろうとして遭難して、大捜索隊が動員され
てやっと助かったと思ったら、救出直後に「俺はまた登る」という奴に対してどう感じる
か、という事だな。
ああ、その瞬間に捜索隊員と遭難者のどっちに感情移入するのか、つう意味では“リベラ
ルなのか、保守なのかの試金石”つう考え方もありえるか。どっちかつうと“アナーキー
か体制派”つう感じだが。
また別の話になるが、自作自演説というのが広まったのは面白い。
個人的には、あの3人がそんなに頭イイわけないので、全くナンセンスなのだが。
事件が自作自演だったらそれこそ、あの3人“英雄”だ。すごい奴らだよ。
ああいう説が支持されてしまうのは、どうも陰謀史観に対する無意識の憧れがあるのでは
ないか。
あ、ちなみに巨泉と永六輔のラジオで、永の方の主張はどうだったのか。
困った時に、この二人しかいなかったとしてどちらをあてにするかといえば、永だから
な。
以下、雑感、追記、参照せよとか(やみたけ)
まず松沢呉一ブログ、まったく同意見。冗長だけど。暗いニュースリンク。愛読者である。極東ブログ、余丁町散人。極東…は微妙にひっかかる部分もあるのだが、原文読んでるのはスゲエ、と素直に認める(ヒマなのかしらんw)。リンクをはるほど親切ではないよ。
