(22)『兆民先生・兆民先生行状記』(幸徳秋水、岩波文庫)
中江兆民と外骨の接点はいろいろと挙げられる。東洋自由新聞をずっと捜していてついに入手、祝賀会を開いたのは有名な話。中江兆民はその主筆であった。本書は中江兆民の生涯と日常の言行を、愛弟子、幸徳秋水が綴ったものである。
「故坂本竜馬君等の組織する所の海援隊、亦運動の根拠を此地に置き、土佐藩士の来往極めて頻繁なりき。先生曾て坂本君の状を述べて曰く、豪傑は自ら人をして崇拝の念を生ぜしむ、予は当時少年なりしも、彼を見て何となくエラキ人なりと信ぜるが故に、平生人に屈せざるの予も、彼が純然たる土佐訛りの方言もて、『中江のニイさん煙草を買ふて来てオーセ、』などと命ぜらるれば、決然として使ひせしこと屡々なりき。彼の眼は細くして其額は梅毒の為め抜上がり居たりきと。」(P8)
※ 中江兆民自身の肖像画の鼻がモゲた(梅毒のせいか)というエピソードが『公私月報』に掲載されていてちょっと面白い。
※ 幸徳秋水は、高知県幡多郡中村町(現在の高知県中村市)に生まれる。幸徳家は、酒造業と薬種業を営む町の有力者で、元々は「幸徳井(かでい)」という姓で、陰陽道をよくする陰陽師の家であった。
(23)『東天紅』
明治新聞雑誌文庫の目録(東京帝国大学明治新聞雑誌文庫所蔵目録)で、昭和5年1200部発行、当時は非売品であった。。御茶ノ水のI書店には、3冊揃いで置いてあるが、1冊あたり7万5千円と言うオドロキの価格。いくら美品とは言え、ちょっとなあ。内容はカタイため面白みには欠けるが、たいへんな労作で、貴重な資料である。なお、S書店では7000円で売られていた(質は落ちるが)。結局購入してはいないのだが、機会があったら入手したい一冊なのである。
(24)『評伝 宮武外骨』(木本至、社会思想社、2万円)
1984年、今はなき社会思想社より発行された大部の書。名著である。現在は入手困難、極めて残念なことだ。何度読み返すかわからない。本書ほど執拗に宮武外骨の実態に肉薄した本も空前にして絶後であろう。宮武外骨を知るためには外せない一冊。しかしこんな名著が入手困難とは、外骨ファンも冷遇されておるとしか言いようがない、なんとかならぬモノカネー。
「戦時下といっても、まだ空襲が始まる前のことである。もう、本郷の都電通りは人通りもなくなっていた。たまに電車が走ると、車輪とレールの摩擦でできた鉄粉が飛び、それが磁石の作用で固まって軌道の脇に残る。外骨の関心は、その鉄粉が形づくる模様に惹かれ始めた。形が崩れないように両手ですくいとって文庫まで持ち帰り、「これ、雲の形に似ていると思いませんか」と岡教授に示すこと再三であった。若い教授は、たわいもないことに耽ける宮武外骨の姿に老いを感じた。」(P592)
……このトボケぶり、実に良いと思いませんか。
